はじめに──226kmの向こう側へ
レース2日前──45分早い到着と満車の駐車場
レース前日──ノーパンで試泳した理由
レース当日・夜明け前──4時20分、ホテルを出る
スイム3.8km──函館湾に飛び込んだ1時間20分
T1──トイレがない、服のまま立ち小便
バイク180km──電池切れと秋葉さんの背中
ラン42.195km──股関節の痛みと歩いた坂道
ゴール──13時間14分17秒、PCクラス3位
振り返りと次へ──sub11という約束
2024年9月15日、北海道道南地域で開催された「IRONMAN ジャパン みなみ北海道」。
スイム3.8km、バイク180km、ラン42.195km。合計226km。
僕、中澤隆は、視覚障害B2クラス(緑内障による弱視)の選手として、ガイドの河原さんと共にこのレースに挑んだ。
結果は13時間14分17秒、PCクラス3位。
この記事は、その226kmの記録だ。
五感で刻んだ真実を、できるだけそのまま残したい。
レース2日前、羽田空港で河原さんと合流する約束だった。
時間は朝8時。
ところが、僕が空港に着いたのは7時15分。
河原さんがもう来ていた。
「中澤さん、おはようございます」
いつもの河原さんらしい。早め早めに動く人だ。
「河原さん、早いですね。助かります」
僕は笑った。
荷物は既に準備万端。
タンデムバイク [楽天]「Calfee(カルフィー)」は事前に分解・梱包済み。
スムーズに空港から北海道へ向かえる——はずだった。
ところが、羽田の駐車場が満車だった。
満車の表示が光っている。
「え、まじか……」
駐車場の入口で1時間待った。
9月の羽田は混むらしい。観光客が多い時期なのだろう。
ようやく空きが出て車を停められたときには、少し焦っていた。
でも、河原さんは動じない。
「大丈夫ですよ。余裕持って来てますから」
この言葉に救われた。
レース前日、T2(トランジションエリア2)からT1へ向かう試泳があった。
函館湾を実際に泳いでみて、水温や波の感覚を確かめる。
僕はウェットスーツ [Amazon]Swordを着て、河原さんと共に海へ入る準備をした。
ところが。
「あれ……トライスーツがない」
ホテルに忘れてきた。
ウェットスーツの下に着るトライスーツを、部屋のベッドに置いてきてしまったのだ。
河原さんに相談した。
「トライスーツ、ホテルに忘れちゃって……」
「え、じゃあどうします?」
「……そのまま着ます」
僕はノーパンでウェットスーツを着た。
幸い、ウェットスーツは肌に密着するので、泳ぐ分には問題なかった。
むしろ、ウェットスーツのフィット感を直接確かめられた。
「まあ、こういう日もありますよね」
河原さんは笑っていた。
僕も笑った。
レース前日から、こんな調子だ。
レース当日、2024年9月15日。
朝3時30分に起床した。
外はまだ暗い。函館の空気が冷たい。
朝ごはんは赤飯。
僕の勝負飯だ。
お祝いの食べ物を食べることで、「今日は自分の挑戦を祝う日なんだ」と心を整える。
体より先に、心を整えてくれる食べ物。
シャワーを浴びて、ウェットスーツを着て、Garmin 955を腕に装着。
準備完了。
4時20分、ホテルを出た。
4時40分、ホテル前からバスでT1(トランジションエリア1)へ向かう。
バスの中は静かだった。
選手たちはみんな、イヤホンをして音楽を聴いているか、目を閉じて集中している。
僕は窓の外を見た。
少しずつ明るくなってくる空。
函館の街並みが、ぼんやりと見える。
5時、T1に到着。
T1に着いて、トランジションバッグの準備をしていると、河原さんが言った。
「中澤さん、ちょっとトイレ行ってきます」
「あ、じゃあ僕もコンビニ行ってきます」
近くにコンビニがあった。
僕はそこのトイレに入った。
ウォシュレット付きのトイレ。
ありがたい。
レース前のトイレは重要だ。
腸内環境を整えて、スッキリしてからスタートラインに立ちたい。
コンビニのトイレで、ゆっくりと準備を整えた。
6時、荷物をトランジションバッグに詰めていると、袋が破けた。
「あれ……」
袋が小さすぎた。
ウェットスーツ、タオル、補給食、着替え。全部詰め込もうとすると、パンパンになる。
無理やり押し込んだら、ビリッと音がして破れた。
「……仕方ない」
河原さんと一緒に、破れた袋をテープで補強した。
こういう小さなトラブルは、レース前にはよくある。
「まあ、大丈夫ですよ」
河原さんの声に、また救われた。
試泳はせず、6時30分、スタート地点へ向かった。
スイム3.8kmのスタートは、函館湾。
朝6時30分、スタートの合図が鳴った。
僕と河原さんは、ロープ(テザー)で繋がっている。
僕は河原さんの右側。河原さんは僕の左側。
ロープは輪っかになっていて、お互いに握る。
「行きましょう!」
河原さんの声が聞こえた。
僕たちは、函館湾に飛び込んだ。
函館湾の水温は、思ったより冷たくなかった。
ウェットスーツSwordが体を守ってくれる。
泳ぎ始めると、すぐにリズムが整った。
左手、右手、呼吸。
河原さんの泳ぎが、ロープ越しに伝わってくる。
「ペース大丈夫ですか?」
河原さんの声が時々聞こえる。
「大丈夫です!」
僕は答える。
ロープがあることで、安心して前に進める。
このロープは、信頼の証だ。
周りには、他の選手たちの水しぶきが聞こえる。
バシャバシャという音。
追い越していく選手、抜かれる選手。
でも、僕は自分のペースを守った。
「焦らない。自分のペースで」
心の中で繰り返す。
3.8kmは長い。
でも、泳ぎ続ければ、必ずゴールに着く。
函館湾のスイムを泳ぎ切った。
時計を見ると、1時間20分26秒。
「よし、いいペースだ」
河原さんと顔を見合わせた。
僕たちは岸に上がり、T1(トランジションエリア1)へ向かった。
T1に着くと、寒さはなかった。
9月中旬の北海道だが、この日は気温が高めだった。
体も温まっている。
河原さんにウェットスーツを脱ぐのを手伝ってもらい、トライスーツに着替えた。
そして、バイクの準備。
タンデムバイクCalfeeが、ラックに固定されている。
「よし、行きましょう」
河原さんがバイクを持ち上げた。
僕はその後ろに立った。
バイクに乗る前に、どうしてもトイレに行きたくなった。
「河原さん、トイレどこですか?」
河原さんが周りを見渡した。
「……ないみたいですね」
「え、ないんですか?」
「ないです」
困った。
でも、時間がない。
「……じゃあ、このままで」
僕はトライスーツを着たまま、近くの茂みで立ち小便をした。
幸い、誰も見ていなかった。
こういう時、視覚障害があることで周りが見えにくいことが、逆に助かる。
「すみません、お待たせしました」
「大丈夫ですよ」
河原さんは笑っていた。
バイク180kmは、タンデムバイクCalfeeで走る。
前に河原さん、後ろに僕。
河原さんがハンドル操作と前方確認を担当し、僕は全力でペダルを漕ぐ。
「行きますよ!」
河原さんの声が聞こえた。
僕たちはスタートラインを出た。
バイクコースに入ると、思ったより風が弱かった。
「今日は風、弱いですね」
河原さんが言った。
「はい、助かります」
ただ、問題があった。
周りにライバルの選手が見えない。
180kmを独走する感覚。
誰かがいれば、ペースの目安になる。
でも、今日は誰も見えない。
独走感が、逆にペース配分を乱す。
「焦らずに、自分のペースで」
河原さんが言った。
バイクに乗り始めて1時間。
どうしても尿意が消えなかった。
スイムの後、T1でトイレに行けなかったせいだ。
「河原さん、すみません……」
「どうしました?」
「トイレ……我慢できないです」
「……じゃあ、そのままでいいですよ」
僕は、バイクを漕ぎながら排尿した。
トライスーツが濡れる感覚。
でも、止まるわけにはいかない。
1時間かけて、少しずつ排尿し続けた。
「すみません……」
「大丈夫ですよ。レースではよくあることです」
河原さんの声に、また救われた。
バイクの途中、僕は骨伝導イヤホンで携帯を繋いでいた。
音楽ではなく、ペース確認や通知を受け取るためだ。
バイクからランへのモード切替で操作している時、ふとGarmin 955を見ると、画面が消えていた。
「……あれ?」
電池が切れていた。
「河原さん、時計の電池切れました」
「マジですか?」
「はい……」
これで、ペース確認ができなくなった。
残りの距離も、時間も、わからない。
「……まあ、しょうがないですね。体感で行きましょう」
河原さんが言った。
体感。
そう、時計がなくても、体が覚えている。
このペースで、どれくらいの時間が経っているか。
あとどれくらいで終わるか。
体が教えてくれる。
バイク後半。
後ろから、誰かが追いついてきた。
「あれ、誰だろう……」
河原さんが言った。
「秋葉さんじゃないですか?」
秋葉さん。
同じ視覚障害(弱視)の選手だ。
2020年東京パラリンピックを目指していた人。
そして、僕と同じくsub11時間を目標にしている人。
ライバルであり、同志。
「秋葉さん、速いですね……」
秋葉さんのタンデムバイクが、僕たちを追い抜いていった。
背中が見えた。
「……負けられないな」
でも、焦らない。
ここで無理をすると、ランで崩れる。
「自分のペースで」
僕は心の中で繰り返した。
バイク180kmを走り切った。
5時間47分24秒。
T2(トランジションエリア2)に到着した。
T2でバイクから降り、ランランニングシューズ [Amazon]&tag=YOUR_AMAZON_ID-22" target="_blank" rel="noopener sponsored">シューズ [Amazon]に履き替えた。
ここからは、42.195kmのマラソン。
僕は河原さんとロープで繋がる。
僕が右手、河原さんが左手。
お互いにロープの輪っかを握って、横並びで走る。
「行きましょう!」
河原さんの声が聞こえた。
僕たちは、ランコースへ飛び出した。
ランコースも、風は弱かった。
「今日は風が味方してくれますね」
河原さんが言った。
「はい、助かります」
でも、走り始めて数キロで、股関節が痛くなり始めた。
「……あれ、痛い」
右の股関節。
バイクで180km漕いだ疲労が、股関節に溜まっていたのかもしれない。
「河原さん、股関節が痛いです……」
「大丈夫ですか?」
「……なんとか走れます」
痛みを我慢しながら、走り続けた。
ランコースには、いくつか坂があった。
平坦なコースではない。
登り坂が来るたびに、股関節の痛みが増す。
「……河原さん、坂は歩いていいですか?」
「もちろんです。無理しないでください」
僕たちは、坂を歩いた。
走るよりも、歩く方が股関節への負担が少ない。
ゆっくりと、一歩ずつ。
「大丈夫、ゴールは逃げない」
河原さんが言った。
「はい」
僕は答えた。
ランの後半、30kmを過ぎた辺りから、体が限界に近づいた。
股関節の痛みが、全身に広がる。
足が重い。
呼吸が荒い。
「……あと少し、あと少し」
僕は自分に言い聞かせた。
河原さんが時々、声をかけてくれる。
「中澤さん、あと10kmですよ」
「……はい」
「あと5kmですよ」
「……はい」
声が、道標になる。
ロープが、支えになる。
42.195kmを走り切った。
5時間50分20秒。
ゴールが見えた。
ゴールラインが見えた。
「河原さん、ゴール見えます!」
「はい!行きましょう!」
僕たちは、最後の力を振り絞って走った。
股関節の痛みも、疲労も、全部忘れた。
ゴールテープを切る瞬間。
「やった!!」
叫んだ。
河原さんと、ハイタッチをした。
時計を見ると(電池切れてるけど、ゴールのタイムは表示された)、
13時間14分17秒。
PCクラス3位。
スタッフの方が、完走メダルを首にかけてくれた。
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
メダルの重さが、首に伝わる。
この重さが、226kmを走り切った証だ。
「河原さん、ありがとうございました」
僕は河原さんに頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ。中澤さん、お疲れ様でした」
河原さんも笑顔だった。
この笑顔が、何よりも嬉しかった。
13時間14分17秒。
この記録は、僕にとって大きな一歩だった。
でも、同時に、まだ遠い目標も見えた。
sub11時間。
11時間を切ること。
それが、僕の目標だ。
視覚障がい者のギネス記録は、11時間03分。
この記録を超えたい。
この226kmで学んだことは、たくさんある。
課題は山積みだ。
でも、課題があるということは、まだ伸びしろがあるということ。
2025年9月14日、また「IRONMAN ジャパン みなみ北海道」が開催される。
僕は、必ずまた挑戦する。
河原さんと共に。
シュクレ(盲導犬)と共に。
妻のあっちゃんと共に。
そして、応援してくれるすべての人たちと共に。
sub11時間という約束を、必ず果たす。
この完走記を読んでくれた、あなたへ。
僕は、目が見えにくい。
でも、前に進むことはできる。
ガイドの河原さんがいる。
盲導犬シュクレがいる。
妻のあっちゃんがいる。
そして、何より、自分の足がある。
「できるか、できないか」じゃなくて、「どうやったらできるか」。
この言葉を胸に、僕は走り続ける。
もし、あなたが何か挑戦しようとしているなら、
もし、あなたが「無理かも」と思っているなら、
僕の226kmを思い出してほしい。
転んでも、また立てる。
2024年9月15日、函館湾から始まった226kmの旅。
次は、sub11時間の旅へ。
また、会いましょう。
中澤隆(なかざわ りゅう)
視覚障害B2クラス / サイネオス・ヘルス・ジャパン所属
盲導犬:シュクレ
連絡先:passnaka@gmail.com
※この完走記は、2024年9月15日開催「IRONMAN ジャパン みなみ北海道」の実体験を基に執筆しました。記録や数字は公式リザルトに基づいています。次回のレポートは、noteで無料公開予定です。
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